<< Thanksgiving Day | main | 東日本大震災2 >>

東日本大震災1

火曜日急遽午後に北に向けて出発
首都高を抜け、東北道が緊急車両通行止めなので4号線をただひたすら北上
途中宇都宮から逆方向の車多数 放射能からの避難か?

途中仮眠をし、7時ころ名取りに到着
そこから、名取市役所をのぞき
気仙沼に向けて出発、途中で吉村誠司さんと合流(半年ぶりの再会)

吉村さん先導で気仙沼港に入る。言葉を失います。ちょっと言い表せません。
地震とも違う、台風とも違う、爆発したような、家がこっぱみじん、車は折り重なっているし、いたるところに浮きやら網やらひっかかててるし。

そこから南下し、最初に老人ホームで今必要な物でさせるものを渡しました。
大勢のお年寄りと、子どもたちが被害のあった場所で生活を続けています。
次は保育園で避難している人たちに分け与えられる物資を差し上げました。
行政は半分は死んだ、誰も来てくれない、ありがとう、助かりますって
手を合わされました。なんか切ないです。

横浜では被災地に優先的に物資を送ってますとかスーパーで放送されてましたが、そんなものこっちには来てません。こっちに来てからそれらしきトラックは一度も見た事ないし、みなさん救援物資を持ってきた私たちが横浜からだとしって驚いていました。来る道もスカスカです。全く物資は来ていません。
名取から気仙沼まで3時間以上、空いているお店はありませんでした。
横浜では30分並べばガソリンが手に入りました。被災地では前に日の夜の7時にはもう車が並んでます。朝には数キロの列になっています。それも空くかもわからない、いつ空くかもわからないガソリンのためにです。どうして被災地の人たちが遠く被害のない場所の人よりも数倍もの時間をかけないと、手に入れることが出来ないのか(運良く手にいれることが出来たら)。
行った避難所では数十台の車はあるが、みな動かず、一台の車に20リットルを入れてみんなでそれを共有しているとか。

明らかに、なんかおかしいですよ。
気仙沼市街
南三陸町


写真1気仙沼
写真2南三陸町
写真2志津川にあった役所

at 23:14, kurachannet, 防災

comments(0), -, - -

comment