<< 東日本大震災5 | main | 東日本大震災7 >>

東日本大震災6

宮城最後の日の朝、高齢者支援のある作戦に
ついてお話をするため社協のボランティアセンターに
行った。全員重苦しい表情であきらかに何かが起こった
ようだった。別の人からの話でわかったが、職員さんが
一酸化炭素中毒で亡くなったらしい。車の中でコンロ
か何かで暖をとったのだろうか詳細はわからないが、
こうした死が今後も続くかもしれない、前夜職員が本当
にめいいっぱいなんだと話していたが、最前線では被災者も
支援者もぎりぎりの日々を過ごしている。
一刻も早くこれ以上の命が失われないような体制と支援が必要だ。
石巻ではNGOの連絡会が前夜立ち上がり、現地のニーズを
こまめに聞き取る活動も効果をあげている(NHKのニュース9
でとりあげられていた、め組JAPAN、電話でインタビューを受けていた
井上さんを応援したい(この人なら町を復興させる大きな力になると
思わせる若くて素敵な女性だった)

この日は活動の初日に行った南三陸町の保育園や老人ホーム
漁村などに物資を届けた。物資を届けたある家族は本当に
物が来ない中、なんとか生きていることがとても痛ましかった。
お礼にと、自衛隊からもらったというおにぎりを焼きおにぎりに
してくれて私たちにごちそうしてくれた。自分達の大切な食べ物
なのに、本当ならお断りすべきところだが遠慮なく頂いた、どんなに
辛い時でも他人にやさしくすることで救われることがある。そんな
気持ちを受けとめることも大事だと思う。
おまけに地元でとって蓄えていたわかめと、うにの塩づけなどを頂いた。
またいつかこの村に来よう、よくなったらまた来てねと声をかけあった。
こうした村には小さな避難場所があり住民が独自に生活をしているが、
市街と違ってみんなが助け合って生きており力強さを感じる。
しかし、行政の支援は届かない、きめ細かいボランティアの支援が
支えているのが現状である。今は少し改善しているかもしれないが。

いろいろな出会いがあり、出来事があった1週間だった。
1ヶ月近くもいたような気がする。現地では震災以来ずっとがんばっている
ボランティアもいる。また近いうちに現地で被災した人たちの
支援にあたりたい。みなさんにもぜひ現地に行って頂きたいと
思う。見るだけでもいい。
被災地を見た人の数の分だけ、安全で、つながりの強い国になるような気がする。

at 09:03, kurachannet, 防災

comments(2), -, - -

comment
ゆか, 2011/03/26 12:27 AM

縁あってブログを拝見しました。私は地震の日神奈川にいましたが、この神奈川でもあの日から生活がずいぶん変わったと感じます。まして被災地の方々は、と思うとテレビでのニュース見たりする映像だけでも、心が痛み、涙が出ます。ボランティアにかけつけたい、という思いはありますが、専門知識も経験もない自分が非常にはがゆく感じます。まずは、自分の立場から日本を元気にして、被災地のみなさんを支援できればと言い聞かせつつ、過ごしています。
長期にわたっての支援が必要になると思います。それには行政だけでなくボランティアやNPOなどの草の根活動がきっとかかせないことと思います。ぜひ体調に気をつけて、これからも活動されることをお祈りいたします。

くらおか, 2011/04/01 12:30 PM

ゆかさん
コメントありがとうございました。
遅くなってすみません。
みなさんそれぞれで考え、出来ることをやっていけばいいと思います。心をひとつにしてみんなで被災された方達を支えていければと思ってます。