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東日本大震災11

朝6時に松島から気仙沼に向けて出発。
三陸道を降りて南三陸町の被災地に入る。ここを見るのは何回目だろう。事前に被災地を見ない方がいいのではという話もあったのだが、南三陸町を通るのが近道ということもあり、師匠もいいですとのことで町に入っていった。

それまでまったく被害がないような道が続いていたが、突然ガレキが道の両脇に現れる。気になってバックミラー越しに師匠の顔を見ると、悲痛な様相で無言で窓の外に目をやっていた。
きっと私にはない感受性でこの様子を受け止めているんだろう、しばし誰も言葉を発しない。

自分にとっては明らかに最初の時に比べて改善されているように見えるその町も、初めて訪れる人にとっては十分すぎるほどの衝撃を与える風景が依然として存在していることを改めて感じた。

大なり小なり続く海岸沿いの被災地を抜け本吉町にある仙扇寺へ入った。立派な本堂のあるお寺では200人以上の方々が震災後生活しているとのこと。朝食が終わったばかりで、みなさん忙しそうに
片づけ作業を行っていた。
早速照明や音響の準備を行い、みなさんに声をかけて回った。前列2列に陣取った小さな子ども達を意識してか子どもが単純に笑えるお話が多かったように思う。ゲラゲラ笑う子ども達。
一時間の公演を終え、一路石巻へ。
千扇寺
2時に住吉中に到着し準備を始める。ここは体育館に避難された方に、体育館の舞台からの公演。神戸元気村のスターン草島氏のチームが持ち込んだ音響設備がセッティングされており、みなさんに野菜ジュースを配り、アッという間に準備完了。

この避難所では子どもがほとんどいなかったためかさきほどとは全く違う内容でお話が始まる。会場の真ん中で大声でわらうおばさん達。被災者のみなさんの絵顔が見れてほんとにうれしかった瞬間でした。救援物資も届き、近くのお店も始まり、炊き出しも増えた。元気になって、これからの片づけや仕事探しにがんばってもらいたい。
住吉中
お話の途中だったが横浜に戻る岐路についた。次の朝の公演がどんなものになるか気がかりであったが、きっと大丈夫だろうと思った。

途中宇都宮で徳恩寺が、被災地の泥出し用に投入するという軽トラックを売っているディーラーさんに立ち寄って、佐野SAで佐野ラーメンと宇都宮ぎょうざを食べました。これぞ栃木。

at 23:04, kurachannet, 防災

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